忍者ブログ

幻花凍蜜社

 

カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
バーコード
 
 

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2024.05.18 (Sat)
Category[]

白い花へ落ちる雨

悲恋な跡←日 / 実らなかった恋





あの人は雨男で、結婚式の日も、雨が降った。

新郎が花嫁の手を取ってバージンロードを進んでいく。
あの人が横を通った時にふわりと香って来たのは、花嫁のブーケの香りじゃない。

最後に二人で会った時と同じ、甘くて華やかなのに少しいがらっぽい、あの人の香水の香りだ。

白いスーツの背中を見る。
真っ直ぐに伸ばされた、スポーツマンらしく姿勢のいい背中。

まだ何も知らない子供だった頃から、何度も眺めた背中だった。

部活の先輩だったあの人に恋をしたのは、一体、いつだったのだろう。

あの人は、華やかで派手好きで、部の中でも一際目立つ人だった。
他に誰もいない二人きりの部室で、特にこだわっているのは、香りのお洒落なのだと教えてくれたことがあった。

「シャワーの後には必ず香水を付けてる。その為に無香料の石鹸を使ってるくらいだ」

まだ子供だったから、そう言って自慢そうに香水瓶を見せてくれたあの人が、ひどく大人びて見えた。

「お前も少しは洒落っ気を出せよ。俺が使わねぇのをくれてやるから」

そう言って、あの人が投げて寄越したのは、何故か女性ものの、ガーデニアのオードトワレ。
どうしてこんなものを持っているか聞くのは野暮だろうと、礼だけを言って受け取った。

そうしたら、ここでつけてみろと、そう言われて。

戸惑っていたら、あの人が宝石みたいな香水瓶を取り上げて、指先にひとしずくトワレを乗せて、その指を左の首筋に滑らせた。

くすぐったい感触と同時に広がる濃密な甘い香りは、雨の日の庭でよく香っていた、白い花の甘い香りによく似ていた。

「……確か、こんな香りの花が、梅雨の頃に庭に咲いていましたよ」

そう言ったら、あの人の口元が少し笑って、あの人の鼻先が首筋に近付いて香りを嗅いで。
そうしてそのまま、首筋に、ひとつだけくちづけをくれて離れていった。

「悪くねぇ。お前、明日からそれつけてこいよ」

細めた目に悪戯っぽい笑いを浮かべて、あの人は、偉そうに先輩風を吹かせてそんな事を言って。

キスされたところを押さえたまま、俺はただ頷く事しかできなかった。

――結局、あの人とは、それきり何もなくて。
貰った香水は、大事な思い出として、抽斗の奥にしまい込んだ。

そうして、そのまま何年も、何も伝えることができないでいるうちに、この日が来てしまった。

あの人が、綺麗な女性と幸せになる日。
伝えられなかった想いを、静かに胸の奥底に沈めて弔ってやる日が、来てしまった。

あの人が、花嫁のヴェールを捲る。

幸せそうな顔を見たくなくて、目を伏せた。
視線を下げて、ふと、あの人の香りに、別の香りが混じっている事に気付く。

それは、花嫁のブーケの香りじゃなかった。

あの人の胸に飾られている花に気づく。
つやつやとした緑の葉の上に、真っ白い清らかな花を咲かせているのは。

ガーデニアの――くちなしの花だった。
PR
2014.10.08 (Wed)
Category[小説 / 試し読み]
Copyright © 幻花凍蜜社 All Right Reserved.
Powered by Ninja Blog.
Template-Designed by ガスボンベ.