薔薇と酩酊シリーズ最新作:大人になった跡部と日吉のとある誕生日。
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余韻/薔薇と酩酊
「今年の誕生日は新品のベッドを贈ってやる。だから、今のベッドは処分できるようにしておけ」
「……分かりました。お言葉に甘えますよ」
「カタログ持ってきてやるから待ってろ」
蚤の市で見つけて買った俺の部屋のベッドは、レトロな見た目と、細いスチールの装飾を気に入ったものだったが。
ユーズドだったのか、はたまたアンティークだったのかは分からないが、先月足が取れてしまって、応急処置に重ねた雑誌をベッドの下に噛ませてあった。
壊れたのはよりによって情事の真っ最中だったから、男二人の重量と振動に耐えかねたんだろう。
思い返すのも恥ずかしいが、確かに、普段よりも変に振動する度ベッドが鳴るなとは思ってはいたんだ。
それが、スチール足の溶接が外れるガコンという音と共に、マットレスの一角が落ちてしまって。
二人とも余りにも驚き過ぎて、そのまま中断して、続きをする気にもなれずにベッドの応急処置だけして寝たのだから間抜けな話だ。
流石に寝ている最中に崩れられては困るから他の足にも補強をして、壊れてから二週間ほどではあるが、愛し合うのも少しばかり自粛している。
(別の場所でしなかった訳じゃないが、それはどうでもいい話しだ)
だから、新しいベッドを買ったら安心して――とまで考えて、安心して何をする気だと自分一人で恥ずかしくなった。
「次はダブルにしろよ。セミダブルじゃ狭ぇ」
「それだと、毛布や掛布団の使いまわしができないんですけど」
「それもベッドに合わせて全部用意させる。マットレスも屋敷で使ってるのと同じ物を用意させる」
「はぁ……アンタも頻繁に寝るベッドですから、お好きにどうぞ」
跡部さんの持って来たカタログをめくる。
カタログは上流階級向けのものらしく、跡部さんが屋敷で使うような天蓋つきのものも掲載されていたが、俺の部屋にそんな天蓋付きのベッドは要らない。
あんなもの、考えただけで掃除が大変そうだ。
「天蓋はいりません。高さは……」
部屋を広く見せる低めのベッドにも心惹かれた。
和風のインテリアで揃えて、床に直接座る和室のような過ごし方をするのも悪くないかと思ったが、跡部さんは今一つピンと来ないようだ。
俺は実家にいる時に布団で寝ていた時期もあったからベッドが低くても別に構わない。
でも、跡部さんも使う事を考えると。
「……普通の高さの方が落ち着きますよね」
「テメーの好きな奴を選んでいいんだぜ」
そう言いながらも、跡部さんがほっとした顔をしているのだから、どちらでもいいものを俺に合せようとは思わない。
カタログには、ダブルベッドだけでも様々なタイプのものが掲載されていた。
「……いろいろありますね」
それこそ王侯貴族が使いそうな、豪華な彫刻がされて白と金で着色されたゴージャスすぎるベッドだとか。
かと思えば素っ気ない位にシンプルな、マットレスに脚がついたようなものや。
やたらに収納のたくさんある、機能的なのかどうなのか分からないベッドもある。
色々なタイプのベッドが掲載されているが、壊れたベッドと同じような細いスチール足のベッドは避けよう。
そういえば、跡部さんが屋敷で使っている天蓋付きのベッドは、やたらに材木が太くて頑丈だなとそんな事に気付く。
四隅の柱も太いから、括りつけられると動けなくて……と、またどうでもいい事を考えてしまって、思考を慌てて頭の中から追い出す。
「ベッドの下に引き出しがついてりゃ、寝具をしまうのにいいんじゃねぇのか?」
跡部さんがやや重厚な、大きな抽斗の付いたベッドを指差す。
「ベッドの下の収納は、体から出る湿気でカビが生えやすいらしいです。
シーツはクローゼットに充分仕舞えるから大丈夫ですよ」
「そうか」
収納があるタイプよりも、頑丈な太い脚がある方がいいだろう……今回の事を考えると。
「頭の上の方にライトが置けたり、電源が取れるタイプもありますけど。
アンタ枕元で携帯充電したかったりしますか?」
「アーン? 携帯は枕元じゃねぇ方がいいだろ。安眠の邪魔になる」
「俺も枕元には棚とかない方が好きですね」
棚付きのベッドが並んでいたページを捲る。
次のページはマットレスが二段になっているベッドが並んでいて。
こういうのには寝た事がないなと、思わずうなってしまう。
「跡部さん、こういうのは」
使ったことありますか、と、訊こうとしたら。
跡部さんが真顔で俺を見ていてちょっとドキリとした。
「……俺の趣味は別に考慮しなくていいんだぜ。
バースデープレゼントなんだからな」
どうやら、俺が跡部さんの趣味のベッドを選ぼうとしてると思ったらしい。
確かに俺は跡部さんの意見も入れて選ぼうとしていたけど。
「心配しなくても、俺がもらうプレゼントですから、迷ったら決定は俺がしますよ。
でもアンタもこのベッドで寝るんでしょう。なら二人で決めた方がいいじゃないですか」
そう言ったら、跡部さんはじっと俺を見て、参ったと言いながらくしゃりと前髪を掻き上げた。
「ベッドが壊れてなきゃ、今すぐ寝室に連れてく所だ」
一層笑みを深めて、俺の頬に軽くキスをして来る。
「……別に俺、誘ってませんよ」
俺は何か変な事を言っただろうか。
跡部さんが俺の部屋に来た時に、俺のベッドで寝るのはもうあたりまえの事だというのに。
「ああ、分かってる。早く決めろ。
絶対テメーの誕生日には、ここに運び込ませるからな」
「……急かさないで下さいよ」
二人でカタログを見ながら、あれがいいこれがいいと言い合って。
一時間程悩んだ末に、ヘッドボードの代わりにソファの背もたれのようなクッションのついた、とにかく頑丈そうな足のついたベッドに決めた。
普通の高さよりはほんの少しだけ低くて。
二人で十分ゆったりと寝られるだけの幅があって。
愛し合う勢いでずり上がっても、ヘッドボードに頭が当たって痛くなることはないだろう……というのが決め手だとは、跡部さんにはあえて言わなかった。
[newpage]
真新しいベッドは、約束通り、俺の誕生日の日の午前中にやってきた。
必要な寝具も、ちゃんと洗濯用の予備まで整った状態で揃えられてきて、この細やかな気遣いはきっとミカエルさんが手配してくれたものだろうと思う。
壊れたベッドは回収してもらって、真新しいベッドに真新しいマットレスを置く。
そしてそこに、真新しいシーツを敷いた。
ベッドの土台が白だから、シーツや枕などの寝具は黒にしてもらった。
羽毛の掛け布団の上に掛けるカバーは水色で。
ほんの少し、懐かしい氷帝テニス部のウェアの配色をイメージした。
俺が寝具の梱包を解きながら荷物を片づけていると、カーテンを閉めながら跡部さんが言った。
「とりあえず早くシーツ敷けよ」
「なんでですか」
「使い心地も試すだろ?」
予想通りの答えに苦笑する。
「……壊さないで下さいよ。新品なんですから」
広いマットレスへシーツを広げたその上に、ぎし、と、早速二人分の重みが掛かる。
シーツの端をマットレスに敷き込んでもいないが、どうせ、終わったらすぐ洗濯だと、爪先で端を押しやるのが精一杯だ。
「全く、待ちくたびれたぜ」
跡部さんが俺のシャツのボタンを外して、果実の皮でも剥くように、セーターごとするりと脱がせて押しやった。
新品のシーツのさらりという感触。
どうやら、敷いたシーツはシルクらしい。
手入れが大変じゃなかったかと、覆い被さってくる跡部さんの首に手を回しながら、俺は少しだけそんな事を思う。
「これじゃどちらがプレゼントやら分かりませんね」
俺が皮肉な口調でそんなことを言ったら、口を塞ごうとするように唇が触れてきて。
長い長い熱の籠ったキスの後、跡部さんがニヤリと笑った。
「プレゼントに返礼はつきものだろう?
それに、もし万が一これが不良品だったら、早いうちに交換させねぇといけねぇからな。
検品するのを、俺様が手伝ってやろうじゃねーの」
「はぁ。
……ありがとうございます、って言ったほうがいいんですかね」
もう一度軽く唇が触れて。
「冗談だ。若、誕生日おめでとう」
そう、祝いの言葉を貰った。
「ありがとうございます」
気恥ずかしさはあるけれど、礼を言うのに目を逸らす訳には行かない。
そうしたら、跡部さんが長い睫毛を瞬かせて、まるで自分がプレゼントを受け取ったかのように、ひどく嬉しそうに笑った。
「俺達のベッドだ」
「……ええ」
俺も多分、跡部さんにつられて、笑ったような気がする。
シーツを半端に敷いた、真新しいベッドの上で、何度も何度も、呆れる位、熱くなる位に、キスをした。
いつの間にか穿いていたジーンズもどこかにいってしまって。
体と体の間を遮るものは、ほんの僅かな距離だけになる。
「誕生日だからな。望み通りに扱ってやるよ」
そんな事を耳元で囁かれて。
「……意地の悪い真似しないで下さい」
俺はそんな風に要求した。
「ああ、分かった」
本当に分かってますかと聞きたくなるが。
残っていた距離が、埋まる。
跡部さんが、真新しいシーツを握った俺の手を、そっと、上から包んだ。
「愛し合うのに何の心配も要らないってのは、いいもんじゃねーか」
「……寝床が落ち着かないのは、何とも、頼りないもんでしたからね」
まだ少しは余裕のある俺が、胸の下から跡部さんを見上げる。
跡部さんはぐいと俺の膝を引き上げて、脚の内側に一つキスをして寄越した。
「じゃあ、遠慮なくやらせてもらうぜ?」
「……アンタは、もともと、遠慮なんか……、ないでしょうが……ッ」
俺は手探りで、跡部さんの手を握り返した。
この体温を、自分がいかに求めていたか、今更ながらに気付く。
「ハ……、アンタだけが、今日を待ってた訳じゃないですから」
「珍しく、言うじゃねーの」
「いいじゃないですか。誕生日なんですから。……もっとください」
俺の言葉に、跡部さんの片方の眉が上がる。
「意地の悪い真似は、しない約束ですよ」
俺は照れ隠しに、跡部さんの背中を引き寄せた。
真新しいベッドが、背中で早速、軋む音を立てる。
熱に浮かされながら、俺は――このベッドが古くなって朽ちるまで、二人で使って行けるようにと――そう、願った。
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