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2024.05.19 (Sun)
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月光の余韻 - once in a blue moon

日吉3年生のお話し
一時帰国した跡部がまた渡英した後の日吉



"once in a blue moon"

8月31日。
跡部景吾が再び渡独した日。

そして、氷帝学園も明日から新学期という日。

夏休みの宿題はとっくに終わらせて、明日を待つばかり。
俺も、これから、後輩に部長職の引き継ぎをしなければならないから、これから考えなければいけない事は沢山あった。

こうして、バカみたいに、もう飛行機も見えない空を眺めている暇なんかないはずだ。

――家に、帰らないと。

一時帰国という名目で夏休みに帰って来た跡部さんと、今日の午後、空港で別れた。
次に会えるのは、クリスマス休暇だろうと、跡部さんは言った。

そのあと、まっすぐ家に帰る気分にはならなくて、俺は、気が付いたら高層ビルの展望台に上っていた。

空が近い。

月が丸い。

「本日はブルームーン」と書かれたチラシと、今日限定だという菓子の案内が、展望台近くのカフェに置かれていた。

日本とドイツの時差は8時間。

今は夜の8時だから、向こうは丁度正午くらいか。
ドイツに夕方着く便だと言っていたから、今はまだ多分空の上だ。

『知ってましたか? 今日はブルームーンだそうです』

他愛もないメールを打てば、間もなく返事が帰ってきた。

『ああ、ニュースで見た。月の二度目の満月らしいな』

メールなんて、目には見えないもので繋がっている、そんなことにも安堵する。

三月に跡部さんが渡英してから、ずっと、忙しく、それに、全国で優勝するという大きな目標はあったものの。
――やっぱり、どうしようもない穴が、胸の真ん中にあったようだった。

短い間とはいえ、傍らにあった存在の大きさは、時間が経ってから余計に実感した。

そこにいるような気がして、誰もいないコートを眺めた。
声が聞こえた気がして、樺地の向こうに人影を探した事も、あった。

誰も馬鹿みたいな騒ぎを起こさない、そんな氷帝に、物足りなさを感じる事もあった。

ずっと感じていた“それ”は――こんな小さい携帯の画面に表示された『新着メール有り』の表示一つで、すっと、消えてしまったのだから、俺も随分――馬鹿だったんだな、と、今更ながらに思う。

『ブルームーンには、見ると幸せになれるって都市伝説があるそうですよ。
 月なんていつでも見れるのに、ずいぶんと胡散臭い話ですけど。
 でも、次のブルームーンは、俺と一緒に見て下さい』

そう打って、もう一度送信する。
返事が本当に返ってくるんだということを、確認するように。

跡部さんが、もう一度、あの――俺の携帯しか登録されていない“特別な”携帯から、俺にメールをしてくれるように
なったんだと、確かめるように。

『俺様が居なくなったせいで淋しくなったのか?』

『いえ。ブルームーンで検索したら、once in a blue moonという言葉を知ったものですから』

『“極めて稀”と“ありえない”の、二つ意味があるが、どっちの意味だ。
 どっちにしてもろくでもねぇな。まあいい。約束してやるよ。青い月にかけて』

気障ったらしい言葉も、あの少し低くて深みのある声で俺の耳に蘇る気がする。

恋人同士が空を眺める高いビルの展望台で、俺は一人、それでも、周りの恋人達のきっと誰よりも舞い上がって、メールを打っていたんだと、思う。

『どちらの意味ですか』

『菫の方だ』

『スミレ? 意味がわかりません』

『次の次のブルームーンの時に教えてやる』

次の次、と言われて、展望台に張り出されていた、ブルームーンの説明書きを見に戻る。

『6年後じゃないですか。本当に、教えてくださいよ。約束してくれますか』

こんな約束をして、本当に果たされるかどうかも分からないというのに。
俺は、そう、返事を返していた。

メール送信のアイコンが二度ほど点滅して、すっと画面から消える。

送信されてしまった。

六年も後の、遠い約束を取り付ける為のメールが。

俺も二十歳になっている頃だ。
少しだけ、馬鹿な事をしたかもしれないと思う。

メール着信の振動が、手の上で俺を驚かせて。
画面を見れば、ただ、一言。

『ああ。約束する』

本当に、六年後。
その意味を、忘れずに、教えてくれるだろうか。

『そっちは夜だろう。だから、月を見てるのか。後で俺も見ることにする。
 明日は学校だろう、早く寝ろよ。若、俺のブルームーン』

『どういう意味ですか』

『月よりも確実に“見ると幸せになれる”からな』

『おやすみなさい!』

そう送って、メールのやり取りを打ち切って。
何組もの恋人達が月を見上げる展望台を、俺は一人で後にした。

今夜は、早く眠ろう。

そして明日、短期留学の申請書を取りに行かないと――冬が来る前に、二つの青い月を見たいから。

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――俺はまだ、あの時は、約束が守られるなんて、心から信じてはいなかった。

六年後。

ホテルの最上階にあるバーラウンジで。
高いスツールに座って、大きい窓から一杯の星と、ブルームーンを眺めながら。

俺は、跡部さんと二人で酒を飲んでいた。

「なぁ、覚えてるか。六年前にした、約束のこと」

「……菫に掛けて、ですよね。もちろん、覚えてますよ」

「おい」

跡部さんの合図で、バーテンダーが、シェーカーでカクテルを作り始める。

目の前で、三角のカクテルグラスに、青紫のカクテルが満たされる。

「カクテル“ブルームーン”でございます」

目の前のカクテルに、跡部さんへチラと視線を向ければ、いつものようにニヤニヤ笑いながら頷く。

ほんの少し、口に含む。
花のような香りと、さっぱりした味。
そして、仄かな酸味。

跡部さんの言いたいことを量りかねて、もう一度跡部さんを見たら、跡部さんは笑みを浮かべて、指を鳴らした。

「おい。コイツに、レシピを教えてやってくれ」

「ブルームーンのレシピですか。
 こちらは、ドライジンとバイオレットリキュール、それに、レモンジュースをシェークしたものです」

俺の目の前に2本のボトルが並んだ。

ジンは、跡部さんの気に入りの銘柄のもの。
見慣れない紫色のリキュールが満たされたボトルは、バイオレットリキュールと言っていたか。

レモンはどうやらフレッシュらしく、ころんと目の前に生のレモンが置かれた。

菫、つまりはバイオレットかと、そのボトルを手に取った。

「……Parfait amour?」

「フランス語だな」

頭の中で意味を引っ張ってきて、跡部さんの意味するところを悟って、俺はボトルをバーテンダーに返した。

「……そういう意味ですか、分かりました。
 このカクテルは頂いても?」

「ああ」

苦笑を押さえながら、カクテルグラスに口を付ける。

そのカクテルは、俺には、随分と甘ったるく感じた。


Parfait amour……『完全な愛』が入っているのでは、それは、無理もない。

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2014.01.15 (Wed)
Category[小説 / 試し読み]
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