単作あとひよ:誰もいない玉座シリーズとは別の世界のあとひよの話し。
205号室に焦点を当てたもの、少しダークなお話など。
pixivに掲載後、現在は公開停止(文庫化検討)中。
「……オイ、日吉、日吉」
海堂が肩を揺さぶる。
「駄目だなー、熟睡しちまってる」
切原が頬をつつく。
「……アカンな、これは」
財前が写メを撮る。
2年生3人が途方に暮れる姿に、寝てる日吉に寄りかかられている跡部が、静かな声で言った。
「……いいから、寝かせとけ」
U17合宿所のロビー。
静かな場所に読書に行くと部屋を出たきり、普段であれば入浴のために戻る時間になっても戻らない日吉を探しに出た2年生達が見つけたのは、跡部の肩に寄りかかったまま、熟睡する日吉の姿だった。
跡部は肩によりかかる日吉を気にした様子もなく、本に没頭しており。
海堂が跡部に恐る恐る「日吉、連れて帰っていいスか」と尋ねると、ちらりと2年生を一瞥して、無言で一つ頷いて、また本に視線を戻した。
そうして3人で、跡部の邪魔にならない程度に声を掛けてつついたり、そっと揺すったりしたものの、日吉は起きる気配がなく。
跡部自身もこれでは動けないだろうに、と、2年生――205号室の仲間たちは、顔を見合わせる。
跡部に寄りかかっているのでさえなければもう少し手荒に目を覚まさせるのだが。
彼の学校の部長である跡部の前で、自分たちがそういうことをしていいのか分からないと、2年生達は困惑して顔を見合わせる。
「……でも、もうすぐ点呼ッスよ」
海堂が、遠慮がちに言う。
「1人足りなかったら、俺達まで聞かれるに決まってるッス」
しつこく日吉の頬をつついていた切原が、跡部にじろりと睨まれて、それを止めた。
「せや。それに、日吉にも恨まれるに違いないっすわ」
日吉の寝顔を撮影したきり、ずっとスマートフォンを弄っている財前には、あまり起こす気があるようには見えず。
海堂と切原が財前にじとっとした視線を向けた時、2人の忍足がそこへ通りかかった。
「財前やないか、どないした?」
まず最初に気づいたのは忍足謙也で。
「なんや、日吉がこんなところで寝るなんて珍しいこともあるんやな」
一緒に居た、忍足侑士が次に気づく。
「珍しいんか」
謙也に尋ねられた侑士が頷くのに、2年生たちが視線を向ける。
「ああ、コイツえらい神経質やから。
こんな他人が多いところでなんか寝そうにはない奴なんやけど。
つつかれても起きんなんて、よっぽどサーキットでくたびれたんか」
ちら、と忍足侑士は、寄りかかられている跡部の方に視線を向けるが、跡部は本に視線を向けたまま、そちらを一瞥すらしない。
無言の視線で、『忍足さん、俺らどうしたらいいんですか』という問いを2年生に投げかけられて。
忍足侑士は、溜息を吐きながら、跡部に聞いた。
「跡部、日吉寝かせてていいんか」
「ああ」
跡部の返事を聞いて、忍足侑士が2年生を振り返って、言った。
「跡部がいいって言ってるんやから、お前ら部屋戻っていいで」
「……本当にいいんスか?」
海堂が困惑した様子で尋ねる。
「氷帝の部長が部員の責任持つって言ってるんやから、構わんわ」
「せやせや、お前らがそこまで気にすることあらへん」
侑士が頷くのに、謙也が同調し。
「でも、点呼まであと10分もねーっすよ」
切原がロビーの時計を指差して言う。
「俺ら、なんか聞かれたら、忍足さんが保証したって言いますわ」
財前はさっさと先に立って部屋に戻ろうとして。
ずっと黙ったまま、日吉の重みにも平然と、何か外国語の本を読んでいた跡部が、溜息を吐いて、静かに本を閉じた。
やっぱりや、と、忍足侑士は心の中だけで苦笑し。
ほったらかしといても、跡部は自分でどうにかする気だったに違いないんや、と、思考の中で一人ごちる。
「忍足」
「なんや、跡部」
「……それ、頼むぜ」
日吉が寄りかかっている側とは反対側の手で、自分が読んでいた本を忍足侑士に渡して。
跡部は、肩に寄りかかったまま熟睡している日吉を、両手で抱き上げた。
大して体格の変わらない日吉を、いわゆる“お姫様抱っこ”で抱き上げた跡部に、2年生3人が3人とも、ぎょっとして目を丸くする。
「……部屋に置いとくわ」
くくっと笑う侑士に、謙也が呆れたような声で言う。
「分かっとったな、自分」
「堪忍な、謙也」
跡部は慣れた仕草で、力の抜けた日吉の腕を自分の肩に回し、腰と脚を抱えて運んでいく。
その姿を思わず見送ってしまった2年生3人は、はっと我に返ってその後を追い。
「跡部さん、運ぶんなら俺らが」
そう言った海堂に、跡部は「若は俺ん所の部員だからな」と片頬で笑って見せる。
切原は「跡部さんって、実はすっげー優しいんだな……」と言って跡部にまた睨まれ。
財前は「貴重なネタや……」と言って、また、写メを撮り。
僅かに目を開けた日吉は、少し寝惚けたような様子で跡部の首にもう一方の腕も回すと、その首筋に顔を埋めた。
「くすぐってぇぞ、若」
「ん……」
王様の腕に抱かれたままの眠り姫には、まだ、目を覚ます気配がなく。
2階への階段を上っていく跡部の横を、海堂が駆け上がって先回りして部屋のドアを開け放す。
日吉の手から落ちた本を拾い上げた切原と、またスマホを弄っている財前が、跡部の後ろを従者のようについて歩いていく。
その氷の王様の奇妙な行進を見た者は、誰もが自分の目を疑い。
ちょうど点呼を取りに来た真田が、跡部に「205号室、ここに全員いる。俺様もコイツを運んだら、部屋に戻る」と言われて、面食らった顔をした。
跡部は丁寧に、二段ベッドの下段まで日吉を運んで、布団の上に横たえて。
カーテンの陰に隠れて、その額に、キスを落として。
安心しきって眠る彼の眠り姫が、未だ夢の中にいる事を確かめると。
最後に、ベッドのカーテンをきちんと引いてやった。
「お前ら、面倒掛けたな」
背中越しにひらりと2年生たちへ手を振って、205号室を後にする跡部は、手に肩に残る至福の重みの余韻で浮かぶ――満足げな笑みを抑えられずにいた。
***
……次の日、財前のブログを見た日吉が、絶叫して全員を叩き起こすのは、また別のお話。
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