使わなかったペーパー用の短編。----新暴れん坊王子5無事終了しました。スペースにいらしてくれた皆様、ありがとうございました。初めての一人参加で緊張しており、スペースに来て下さった方に十分なお礼も言えず申し訳ありません。通販等についての詳細は今しばらくお待ちください。
花見がしたい、と、言い出したのは一体誰だったのか。
「ふうん、悪くないねー」
別荘の庭の桜を萩之介が見上げる。
山の中にぽつりとある別荘の周りでは、丁度、山桜が満開だった。
枝垂れ桜は散り始め、染井吉野はもう若葉が出始めていて、こちらも満開の八重桜が少し重たくなった枝を差し伸べている。
緑と桜色の山々と、春の晴天の青のコントラストは眩しい位で、俺もつい、目を細める。
どういう経緯で手に入れたのか、この別荘は日本家屋で、庭に向かって張り出した縁側に腰を落ち着けた所だ。
花見をするなら庭がいいだろうと、ミカエルは雨戸と障子を開けさせて座敷に膳を並べる提案を寄越したが、部の連中は「レジャーシートでいい」とごく庶民らしい返事をした。
ならば、と、ミカエルは芝生に引くシートを手配し、シェフにオードブルや軽食を用意させて、俺達は車で別荘に乗りつけた。
シートを広げるくらいはこいつらにさせてもいいだろう。
「さっすが跡部の別荘だCー!」
ハイテンションになった慈郎が無駄にぴょんぴょん跳ねて。
「それよりメシ旨そう!」
慈郎に対抗するようにムーンサルトを決めた向日が、忍足に窘められる。
「埃が入りますよ、向日さん」
日吉の奴は相変わらずだ。
日吉と鳳が広げた青いシートの上に、早速乗って来た向日と慈郎が寝転がる。
大皿に盛られてラップの掛けられた料理の中には、七面鳥の丸焼きなんかも混じっていて、これはどう切り分けたらいいんや?と忍足が首をひねっていた。
「テメーらが急に花見だなんて言うから、他に場所が用意できなかったんじゃねーか」
どうせ花見をするなら、もっとそれらしい場所があっただろうと。
俺が溜息を吐けば、鳳が首を振る。
「とんでもない!こんな凄い場所でお花見なんて初めてですよ!ねぇ宍戸さん!」
急に話を振るから、樺地が並べていた重箱の中身をつまみ食いしてた宍戸が咳き込んでやがる。
自業自得だ。
こいつらは、桜の下で大騒ぎできれば、それでいいらしい。
俺はもっといい所にだって連れて行ってやりたかったが、桜も散っちまうし、まぁ、満足だっていうなら今年はこれでいいだろう。
存分に飲んで食って騒いで。
流行りの歌を歌いだしたりもして。
今度はスナック菓子なんかを食べたいなんて言い出しやがった。
「ちょっと遠いがコンビニがあるぜ?」
行って来いと言うつもりがそのまま余興のくじ引きになり、買い出し係に当ったのは俺様と日吉だった。
舌打ちする日吉の頭を小突いてやったら、顔を背けられた。
ようやく二人になれるってのに。
車に乗る程の距離じゃねぇ。
食後の散歩がてら歩けば道の両脇は桜並木だ。
ヒラヒラと落ちてくる薄紅色の花弁が田舎道を春の色に彩っている。
私有地だから観光客もいなくて静かなものだ。
いい天気で、桜も綺麗で、何か鳥が鳴いていて、横に可愛い恋人。
全て世は事も無し、とは、こういった風情だろう。
「何をニヤついてるんですか」
日吉が胡散臭いものを見るような顔をして、俺を見つめてくる。
「アーン? 平和だと思っただけだ」
日吉の手を引き寄せて握ってやれば、日吉は一度目を見開いて、後ろを振り返った。
前にも後ろにも物音はしねぇし、誰も見るはずはねぇ。
日吉は黙って、手を握り返してきた。
「珍しいじゃねーの」
「……たまには、俺だって」
チラリと表情を覗いてやれば、少し口を尖らせてる癖に、頬も耳もうっすら赤い。
照れ隠しに不機嫌そうな顔をする辺り、コイツは不器用だなとおかしくなる。
「いつやってもいいんだぜ?」
「人前でベタベタするのは嫌なんです」
思わず苦笑したら、きつく手を握られた。
「痛ぇ」
「痛くしてるんですよ」
その癖、肩を押しつけてくる。
歩いて10分程のさびれたコンビニで買い物を済ませて、ハラハラと止めどなく降る桜の下を戻る。
チョコレートの菓子に、スナック類に、ジュースの追加とアイスも買った。
あれだけの人数がいると、かなり買ったつもりでもあっという間になくなっちまう。
車を出そうかという店主の申し出を断って、日吉が二つ、俺が一つ買い物袋を持った。
アイスが溶けちまうから、帰りは少し急ぎ足で。
あと少しで、この、二人きりの時間は終わる。
そう思ったら惜しくなった。
「日吉」
「何ですか」
買い物袋を両手に下げた日吉を引き寄せて。
「……」
俺達の他に誰もいない道の真ん中を、桜色の沈黙が通っていく。
「……やめて下さいよ」
つれない口調のまま、桜色に染まった瞼が伏せられた。
「……こういうシチュエーションの時は、桜に攫われる、って言うんだったか?」
俺がそんな軽口を叩けば。
「どこの少女マンガですか。攫われる前に倒します」
両手に買い物袋を提げたままの日吉が、ぐっと拳を握って見せる。
コイツ、桜と戦うつもりかよ。
「ハッ、いい心構えじゃねーの」
おかしくなって笑う俺の横腹を日吉が軽く叩いて。
「なんでアンタはそうデリカシーがないんですか」
そんな事を言い出す。
「いい雰囲気が台無しじゃないですか」
「いい雰囲気だったか?」
そう訊ね返せば、日吉の顔全体が桜の色に染まって。
「……なんでもないです」
ふい、と、横を向いちまう。
悪ふざけが過ぎたか。
不器用で照れ屋な恋人の頬にもう一つキスをやって。
「もう戻りますよ。アイスが溶けるでしょう」
相変わらず、そんな事ばかりを言う日吉に。
俺は、少し笑った。
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